MM理論 節税効果に関する発展的考察
少し前に、Toutube動画のコメント欄で、MM理論における負債の節税効果が、「負債額(D)×税率(t)」となる理由についてご質問を頂いたので、回答させていただきました。
その際は即興的な回答になってしまい、また、コメント欄では数式等もうまく表現できなかったことから、今回改めて記事にすることとしました。
診断士試験では「節税効果 = 負債額 × 実効税率」という結論だけを覚えておけば問題は解けるのですが、この根拠(考え方)を知りたい方向けの記事となります。
純粋MM命題
MM命題とは、完全資本市場においては、資本構成の違いは企業価値に影響を与えないという命題です。
ここで、「完全資本市場」とは、
❶ 多数の市場参加者が合理的に行動すること
❷ 裁定取引機会が存在しないこと
❸ 税金や取引費用が存在しないこと
➍ 情報の非対称性が存在しないこと
❺ 無リスク利子率(リスクフリーレート)での貸借が可能
といった条件を満たす市場を意味します。
また、MM命題を資本コストの面からとらえると、資本構成が変化してもWACC(加重平均資本コスト)は変化しないという帰結になります(MM第2命題)。
修正MM命題
MM命題に関しては、上記の純粋MM命題を出発点に、前提条件を徐々に緩めていく議論を展開します(修正MM命題)。
まず、税金のある世界(=税金の導入)を考えます(MM修正第1命題)。
税金を導入すると、負債の節税効果分だけ企業価値はアップします。
つまり、「負債によって資金調達をした企業価値 = 自己資本のみで資金調達した企業価値」+「負債の節税効果」となります。
税金を導入した場合の企業価値のアップ額は、負債の節税効果 = 負債額 × 実効税率
で求めることができます。この結論だけ知っていれば、診断士試験(一次試験)は問題なく解けます。
負債の節税効果の根拠
以下は、企業価値アップ額が「負債の節税効果 = 負債額 × 実効税率」となる根拠です。
支払利息 = 他人資本拠出者への報酬
負債(借入金)による資金調達をすると、支払利息に相当する部分だけ費用が増えます。
支払利息は社外に流出する資金ですが、ファイナンスでは、他人資本を拠出している主体(銀行等)への報酬と考えます。
つまり、支払利息が増加しても内部留保が増加しても、「企業価値(=株主価値+負債価値)」はアップします。
一方、株主価値(Equity価値)という文脈では、支払利息の増加は(内部留保が減るので)株主価値の減少につながります。
ファイナンスでは「企業価値の話をしているのか、それとも、株主価値の話をしているのか」という点に注意する必要があります。MM理論は企業価値の話です。
支払利息に対する節税効果(設例に基づく説明)
例えば、営業利益(=キャッシュフロー)が700万円の会社を考えます。実効税率を30%とします。
全額自己資本で資金調達した場合の税金は、700万円(営業利益) × 30%(実効税率)=210万円です。
よって、株主価値の増加(≒配当に回せる資金) =700万円 -210万円=490万円となります。
一方、(自己資本だけでなく)借入金 4,000万円(利率:5%)を使って資金調達すると、支払利息:4,000万円×5%=200万円となります。
この場合の税金は、(700万円-200万円) × 30%=150万円となります。
よって、株主価値の増加(≒配当に回せる資金)=700万円-(200万円+150万円)=350万円となります。
支払利息は増えるが…
負債による調達の場合、配当に回せる資金は490万円から350万円に(140万円)減ります。
一方、他人資本の拠出者(例えば金融機関)に対して利息(200万円)を報酬として支払っています。つまり、負債価値が200万円だけ増加しています。
したがって、「株主価値+負債価値」は、自己資本のみで調達する場合に比べて、60万円(=200万円-140万円)だけ増えています。60万円の意味は、200万円(支払利息)×30%(実効税率)です。
つまり、負債の節税効果分だけ、資本拠出者(株主 + 金融機関等)の全体としての取り分は大きくなっており、これが企業価値をアップさせる要因となっているということです。
節税効果は永遠に続く
ここで、毎年の節税効果(60万円)は1年限りではなく、負債による調達を続ける限り永遠に続くという点がポイントです。
毎年の負債の節税効果を一般化すると、年間節税額=負債額(D)× 負債利子率(r) × 実効税率(t)となります。
つまり、節税効果(年間)=D*r*tです。
この節税効果が、1年目、2年目、3年目…と「永久に続く」と考えます。D*r*t=A(節税効果)と表記すると
永久に続く節税効果 = \(\frac{A}{1+r}+\frac{A}{(1+r)^2}+\frac{A}{(1+r)^3}+\frac{A}{(1+r)^4}+*** \)となります。
(永久)節税効果は、初項(a)= \(\frac{A}{1+r} \),公比(k)= \(\frac{1}{1+r} \)の無限等比数列の和になります。
よって、初項(a)= \(\frac{A}{1+r} \),公比(k)= \(\frac{1}{1+r} \)を無限等比数列の和の公式(※1):\(S_{n}=\frac{a(1-k^n)}{1-k}\)に代入します。
公比(k)= \(\frac{1}{1+r} \)なので、「0<k<1」となります。
よって、kn(0<k<1)のnを∞に飛ばすと、kn→0となるので(※2)、公式は\( S_{n}=\frac{a}{1-k}\)
という形になります。
したがって、永久節税効果(額):\(S_{n}=\frac{A}{r} \)に A=D ✕ r ✕ t を代入して、永久節税効果(額): \(S_{n}=\frac{D*r*t}{r} \)
右辺の r が約分で消えて、 永久節税効果(額): Sn = D ✕ t となります。
無限等比数列の和を使って永久節税効果を計算すると、r(利子率)が消える点がポイントです。
脚注
※1 無限等比数列の公式の導出に興味のある方は、末尾の「数学的補足説明」を参照ください。
※2 kn→0(0<k<1)の意味は、次のように考えると分かりやすいと思います。 \(\frac{1}{(1+0.05)}=0.95238 \)なので、k≒0.95238です。0.95238 × 0.95238 × 0.95238 × …と無限回数かけると、限りなく0に近づくのが直感的にわかると思います。
このことは、Excelを使って”=0.95238^99999999…”などと計算すると、計算結果が限りなく「0」に近い値になることからも確認できます。
数学補記的説明
例えば、{1,3,9,27,51,… }という数列(数の並び)を考えると、3=1×3,9=3×3,27=9×3…のように、「1つ前の数字の3倍」の数字が並んでいることがわかります。このような数列を「等比数列」と言います。
等比数列は右のような形をした数列を意味します。\(a _{n+1}=a_{n}k\)
また、初項:a,公比:kの等比数列 an の一般項は以下のとおり表すことができます。
\(a _{n}=ak^{n-1}\)次に、等比数列の「和」を考えます。
初項 :a,公比: k,項数:n の等比数列の和を Sn とすると
Sn = a + ak + ak2 + ak3 + ak4 + … +aknー1 と表すことができます。
等比数列の和は、以下のように2つの数列の和を考え、その差をとることで求めることができます。
右辺の項は、aとakn以外はすべて消えます。
Sn = a + ak + ak2 +ak3 + ak4 + … + akn-1 … ❶
kSn = ak + ak2 + ak3 + ak4 + … + akn-1 + akn … ❷
❶ - ❷ ⇔ ( 1-k )Sn =a- akn =a (1-kn)
\(S_{n}=\frac{a(1-k^n)}{1-k} (k\neq1)\)以上が等比数列の和の公式の導出プロセスです。